「切り込み隊長」
として
新しい事業を
形にする気概。
株式会社城洋商事
太陽光発電事業部 営業課 課長
青田 道広

商事部門で新規開拓に奮闘

城洋商事は、2010年に城洋から商社的機能を分社化した会社です。2003年、城洋商事の母体となるエンジニアリング事業部が立ち上がりました。私はそこで工場用の大型集塵機や工業炉の販売、工場設備の改修などに携わってきました。

営業職として、事業部の創設時から社内にまだ実績や前例のなかった数々の仕事を開拓してきました。扱ったことがなく商品知識や仕入ルートがない製品であっても、協力会社のネットワークを駆使してなんとか風穴を開け、販売実績を積み重ねてきました。

この仕事の醍醐味は、一件ずつ異なるオーダーメイドの設計製作であることです。メーカーや工事会社のご協力をいただきながら収支計画を含めた事業プランを立案し、お客様にご提案します。営業職において戦略は不可欠で、お客様にどのようにアプローチするか、受注までどのように話を運ぶか、綿密に設計しなければなりません。実際は戦略通りにことは運びませんが、自分が描いた道筋通りにものごとが進んだ時の、あの喜び。うまくいった商談後の一杯はこたえられません(笑)。


太陽光発電事業の立上げ

エンジニアリング事業部が転機を迎えたのは、2008年のリーマン・ショックがきっかけでした。お客様の工場の設備投資が軒並み減り、私たちも受注減を免れることはできませんでした。

2010年にエンジニアリング事業部が城洋商事となって2年ほど経った、ある日のことでした。いきなり社長に呼び出されてこう言われたのです。「太陽光発電をすることになったから」。あまりに突然だったため、思わず「…はっ?」と返事をしてしまったくらいです。

当時は2012年に再生可能エネルギーを電力会社に一定期間固定価格で売電できる制度が施行されたばかりでした。周囲で参入する企業がまだほとんどない頃で、「大丈夫か」と各方面から反対や批判の声が上がりました。

今度は「城洋で初めて」どころか、当時は世の中に太陽光事業の実績もあまりない仕事でした。誰に教わることもできず、パートナー企業や電力会社のご担当者も「初めて」同士で、ともに相談しながらやっていきました。申請書類を出すにも一苦労で、許認可を得るため経済産業局に10回ほど通ったため「青田さん、また来たん?」と意に反して有名人になってしまったこともありました(笑)。

そんな苦労を経て乗り越えてきたことが一つひとつ形になって、自社社屋と工場の屋根にソーラーパネルを設置し、操業開始のスイッチボタンが押された時は…もう、その感動は言葉で表現できないほどです。


新事業の芽を探し、育てる

太陽光発電事業は城洋に長期的かつ安定的な利益をもたらしました。社会状況や景気にどうしても左右されがちな製造業と両輪をなし、2019年の操業を目指した新鳥取工場の建設という、次の投資を可能にする強固な財務基盤を築くことができたのです。

太陽発電事業が順調に推移しているいまは後進の育成のために業務を引き継ぎ、私は新たな事業の芽を育てるべく、情報収集に励みながら様々なアイデアをふくらませています。
新鳥取工場では、様々な生産ラインやプロジェクトが導入される予定ですが、まだ他のことができる余地も残されている。そこで展開できそうな事業プランがあればすぐ提案するように、というのが社長からのミッションです。

エンジニアリング事業部が生まれた当時、私はずっと社長と行動をともにして、その経営に対する考えや将来の事業構想などを間近で聞いてきました。城洋のスピード感ある成長の源泉となっているのは、やはり社長の情熱と牽引力だと思います。

これまでは社長のビジョンを共有しながら、様々な事業を「切り込み隊長」として推進してきました。いまは、新事業立上げという形で自分がやりたいことを会社というステージで収益事業化していくのがおもしろいですね。

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